『スティル・ライフ』

 

世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。大事なのは、山脈や人や染色工場やセミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。

−『スティル・ライフ』池澤夏樹 1988年 中央公論社

自我と集団の態度(G.H.Mead)

 

人間の自我は彼が所属している集団の態度をとりいれる能力をとおして生じる、ということと、はっきり対照させたかったのである。人間の自我の発生についてなぜそういえるかといえば、人間は、彼が所属する社会をとおして、自分と対話することができ、また、社会にかんする責任を負うことができるからであり、さらに、他人との対比で、自分自身の義務を認識できるからである。そうしたことが、自我そのものを構成する。

G・H・ミード『西洋近代思想史』P.198

社会的自分史研究プロジェクトの説明(2023年3月)

社会的自分史プロジェクトへようこそ。

2023年3月に話し合った結果について、メモを掲示しておきます。このプロジェクトでは、大まかに見積もって、現在から約2年間の研究期間を想定しています。

研究の手順として、2022年8月の段階でまとめられたものをここに掲載しています。比較地域研究会で検討され、参加者が募集されたという経緯があります。第一段階では自分史を作成します。第二段階ではヒアリング調査を行い、お互いに質問をし合って社会的な自己の部分を記述します。そして、第三段階では社会との関係や今後の自己像について、今までの自己とは異なる要素が現れるかどうかを探求します。これらの要素を皆さんと一緒に作り上げていくことを考えています。

段階としては、まず年表を作成します。それを元にエッセイを作成していただきます。エッセイの形式は様々だと思いますので、後ほどいくつかの事例を参考にしていただきます。いずれにしても、年表を文章にまとめるという工程が後に続きます。
そして、次にペアを組んでいただきます。ペアの組み方は任意ですが、参加者同士で互いにインタビューを行い、録音テープに収め、それをテープ起こしして、他の人々の影響がどのように現れたかをヒアリング調査の結果としてまとめることになります。

この年表とエッセイをペアの相手に渡し、相手からAさんに影響を与えた人々やAさんが影響を受けた人々に関する質問を用意していただきます。これによって、社会的な影響についてのヒアリングを行うことになります。

事例はできるだけ多い方が良いのですが、影響を受けた人が少なくとも2〜3人はいると考えられますし、多ければ10人程度になるでしょう。それぞれの人々がAさんにどのような影響を与えたのかについて質問し、その内容を文章化していきます。

これによって、音声から文字への転写が行われます。この転写された文章は、各自がそれぞれ個別にヒアリングを行った結果であり、段階がバラバラです。そこで、統一的に整理し、項目を一定の形に整え、最終的に自己が社会的な影響によって形成されたタイプにはどのようなタイプがあるのかをまとめたいと考えています。

いくつか質問がありました。言いたくないことや個人の秘密はもちろんありますので、それについては探り出したり文字化する必要はありません。プライバシーへの配慮が必要ですね。最後の段階では、実名や個人名は抽象的な文字に置き換えて最終的な文章にします。途中までは個人名や実名を使用しても構いませんが、外部には公開しないようにします。最終的に、これまでの自己の歴史との違いについて考えると、社会的な自己という概念が集まったグループの人数分だけ成立することになります。

次の問題に移りたいと思います。さて、皆さんと一緒に探求していく社会的な自我とは何でしょうか?ソーシャルセルフとはどのようなものでしょうか?ということになります。そこで、理論的な支柱として、象徴的相互作用という学派が存在します。彼らは自己の社会的自我論を提唱してきました。

この社会的自我論では、主に左側の領域で、自己は、英語で言えば「主我」と呼ばれるものを一応の呼称としています。このタームが自己が自己を認識する際に使用されます。つまり、「私」ということですね。しかし、自己が自己を認識すると同時に、この主体である「主我」という概念は消えてしまいます。残るのは「客我」の方、観察者の側だけが残ってくるということになります。したがって、この「主我」と「客我」という概念は、自己が意図した行動やその意図が正しいのか間違っているのか、またはその意図そのものが存在するのかどうかなど、不確かな段階になります。この辺りは分かりにくい部分として扱われ、存在するとされます。しかし、実際に私たちが自己であると考えているのは、この「客我」の段階であり、社会的自我論によって明らかにされています。したがって、通常、心理学においても自我という言葉が使われますが、社会学的な自我は、「主我」と「客我」との合成的なものとして成り立っています。自己の中で行った行動を記述する際に表れるのは「客我」です。また、時間の面でもう一つの要素があります。他者の影響によって自己が形成されていくという側面です。

今回のプロジェクトで特に注目したいのは、実は右半分の部分です。左半分には多くの事例や精神分析の研究があり、そちらが主に自己の形成に関わっています。一方、自己は他者との関係によって形成されるという関係性があります。他者との関係によって、自己が存在すると言えるのです。この部分が今回の研究の中核的なポイントとなります。自己については、これまでは自分自身を考えて自己が形成されるという左側に焦点が当てられてきましたが、他者との関係についてはあまり研究が進んでいない部分もあります。

ただし、精神分析では左側を自己理解と呼び、右側を他者理解と呼んでいます。つまり、自己の中に他の人との同一性が存在し、自己の問題と対立関係にある部分を取り入れる必要があるという自己も存在するのです。したがって、外的関係の自己は二つの要素に分かれており、他者を受け入れる場合と対立する場合があります。このような区分けがヒアリング結果からうまく明らかになれば、最初の意図が達成されたと言えるでしょう。

第一段階では左側の年表部分を進め、年表が終わった後にはヒアリング調査の右側の部分を行います。このプロジェクトでは、自己の全体像を形成しているこの両方の関係性を考えることができるはずです。

第一段階では自分史を作成します。第二段階ではヒアリング調査を行い、お互いに質問をし合って社会的な自己の部分を記述します。そして、第三段階では社会との関係や今後の自己像について、今までの自己とは異なる要素が現れるかどうかを探求します。これらの要素を皆さんと一緒に作り上げていくことを考えています。

年表は、先程チャットで配布した自分史年表の形式で作成します。そこに各年代と年齢を書いていただきます。また、プライベートな出来事や仕事での経験、社会的な影響がどのように存在しているかを記入します。一年ごとに書いていくのですが、記憶がない部分や空欄があっても構いません。赤ちゃん時代や幼年期、小学校、中学校、高校、大学、社会人の時代など、自分にとって意義のある段階を書いていただければ結構です。

年表の枠は細かく書いていただく必要はありません。何行になっても構いません。詳細に書いておいて、提出時に簡略化することも可能です。とにかく、自分が思いつくままに、自己を思い描いた自分史年表を埋めていっていただければと思います。

私自身もまだ自分史が完成していないのでお見せできませんが、遠い親戚の事例を使って作成してみました。私の数世代前に土橋長兵衛という親戚がいます。彼の例を使って、年表に順番に書き込みました。彼の生まれる前の歴史的な出来事から始まり、小学校時代のエピソード、中学校や高校時代の出来事などです。彼は商家に生まれたため、明治時代では多くの人が中学校や高校に進学しなかった時代にも関わらず、彼も進学していませんでした。その後、彼は養子に入り、金物屋で働くことになりました。養子先はかなり大きな土橋家でしたが、当時は衰退していたと言われています。彼は信州長野県の諏訪で活躍し、その模様を年表に書き込んでいきました。これを文章化したものが以下のものです。


土橋長兵衛は、ちょうど明治元年に生まれた人ですね。慶応四年から明治元年となります。明治時代の実業家で、長野県で製鉄業を手がけた方です。長野県は明治時代に水力電力が大量に生み出され、余った電力を利用して製鉄を行っていました。当時、長野県や群馬県には鉄鋼業があり、この方はその鉄を使用して製鉄を行ったとされています。電気製鋼は後に行われたものですが、彼が日本で最初に電気を成功させた人物とされています。

私は自身の自史をまだ完成させていないため、遠い親戚の事例を用いて年表を作成しました。この例では、彼の生い立ちや経歴を年表に書き込んでいます。自分史の手法と同様に、生まれてから亡くなるまでの経歴をクロニクルとして書き進めています。

この年表は実際に私がウィキペディアに掲載しましたが、自分からはかなり離れた存在となっています。ただ、この直系の人々の家計がすでに断絶していることがわかったため、私が代わりに執筆しました。ウィキペディアの土橋長兵衛をご覧いただければと思います。

これまでが自分史の範囲であり、年表や歴史の記述によってまとめられています。ここからが研究の出発点となります。この年表にはまだ書き込まれていないが、さまざまな人からの影響が存在していたことが分かります。その一つは、この土橋漸増という方が上諏訪で英会話教室を開催していたということです。明治時代には諏訪中学校や諏訪清陵、松本市の宣教師を招いて英語を教えていた時期があり、この土橋長兵衛もその中で学んでいたとされています。また、電気製鋼にはドイツやイギリスの文献を読む必要がありましたが、彼は小学校卒業後でも英語に堪能だったとされています。これらの要素から、彼がさまざまな人の影響を受けて自己を形成していったことがわかります。例えば、上諏訪地域の発明者たちや東京大学の俵教授との交流もありました。

私たちの研究では、この社会的な影響をより詳しく探求しています。現在の彼はまだ生存しているため、その影響を直接聞き出し、事例としてまとめることができます。私たちの場合、人間が関与しているため、その影響がどのように現れたのかを具体的に示すことができます。是非、この事例を通じて、どのような影響があったのかをお伝えいただければ幸いです

ここの部分は、私たちの研究の具体的な一部になります。つまり、最初の段階では自分自身の自史を作成し、年表と自叙伝が完成するということです。この段階では、自分自身についてある程度の理解が深まります。それに加えて、約1年後にはヒアリング調査を行い、最終的には社会的な自己像を形成したいと考えています。こうして自己の反省をまとめ、自己とは何かを社会的に探求することが可能になるのではないかという趣旨です。以上が説明となりますが、質問を交えながら進めていきたいと思います。いかがでしょうか?

 

自分史年表の作成と事例

 

Building the chronology

The first step is to create a chronology. You will then create an essay based on this. The format of the essay will vary, and you will be referred to some examples later on. In any case, the process of putting the chronology into writing will follow.

You will then be asked to pair up. Pairing is optional, but the participants will interview each other, record it on audio tape, and then transcribe it to summarise how other people’s influences manifested themselves as a result of the interview research.

This timeline and essay will be given to the pair’s partner, who will then prepare questions about the people who have influenced Ms A and those who have influenced her. This will result in an interview about social influences.

社会的自我について

Building the self

What is the social self that we will explore with you? What is the social self like? This is what we are going to do. So, as a theoretical prop, there is a school of thought called Symbolic Interaction. They have proposed a social ego theory of the self.

In this social ego theory, the self, mainly in the left-hand domain, is a term for what is known in English as the ‘principal self’. This term is used by the self to recognise itself. In other words, it is the ‘I’. However, as soon as the self recognises itself, the concept of this subject, the ‘subject-self’, disappears. What remains is the ‘guest-self’, which means that only the side of the observer will remain. Therefore, this concept of ‘subject-self’ and ‘object-self’ is at an uncertain stage, as to what actions the self intends to take, whether its intentions are right or wrong, or whether the intentions themselves exist. This area is treated as a difficult area to understand and is assumed to exist. However, it is this ‘object-self’ stage that we actually consider to be the self, as revealed by social ego theory. Therefore, although the term ego is usually used in psychology as well, the sociological ego consists of a synthesis of the ‘subject-self’ and the ‘object-self’. It is the ‘object-self’ that is represented when describing the actions performed in the self. There is also another element in terms of time. This is the aspect of the self being formed by the influence of others.

It is actually the right half of the project that I would like to focus on in particular in this project. In the left half there are many case studies and psychoanalytic studies, which are mainly concerned with the formation of the self. On the other hand, there is the relationship that the self is formed by the relationship with others. It can be said that the self exists because of the relationship with others. This is the core point of the present study. Regarding the self, the focus has so far been on the left side, where the self is formed by thinking about oneself, while the relationship with others has been less well researched in some areas.

However, in psychoanalysis, the left side is called self-understanding and the right side is called other-understanding. In other words, there is a self that identifies with others and needs to incorporate parts of the self that are in opposition to the problems of the self. Thus, the self in external relations is divided into two elements, which can be either accepting or in conflict with the other. If this division is successfully revealed from the results of the interviews, the first intention has been achieved.

The first phase of the project will proceed with the chronological part on the left-hand side, and after the chronology has been completed, the right-hand side of the interviews will be conducted. This project should allow you to consider the relationship between both of these, which form a holistic picture of the self.

比較地域研究会との話し合い

Discussion in March 2023

A note is posted on the results of the discussion in March 2023. The project envisages a research period of approximately two years from now, as a rough estimate.

The steps in the research process, as summarised as of August 2022, are posted here. The process has been discussed by the Comparative Regional Studies Group and participants have been recruited. In the first stage, a personal history is prepared. In the second stage, they conduct interviews and ask each other questions to describe parts of their social self. Then, in the third stage, they explore their relationship with society and their future self-image, to see if any elements emerge that are different from their previous selves. The idea is to build up these elements together with you.

 

Social Self

社会的自分プロジェクトとは?

このプロジェクトでは、社会的な自分とは何かを追究します。第一段階では自分史を作成します。第二段階ではヒアリング調査を行い、互いに質問をし合って社会的な自己の部分を記述します。そして、第三段階では社会との関係や今後の自己像について、今までの自己とは異なる要素が現れるかどうかを探求します。これらの要素を皆さんと一緒に作り上げていくことを考えています。